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グンナール・ベリィステーンは、バリトン・サックスの"真のマスター"である。低音楽器であるバリトン・サックスがもっている、独特の暖かさをもったふくよかな響き。
懐の深いトーンと表現力。細やかなニュアンス。そんなバリトン・サックスならではの特質を生かしきって、ベリィステーンは圧倒的な存在感をもって、この楽器を吹き鳴らしている。
「ザ・グッド・ライフ」と名づけられたこのアルバムは、そんなベリィステーンにとっての初リーダー・アルバム。
すでに30年近くにもわたってスウェーデンのジャズ界を中心に、北欧の第一線で音楽活動を続けてきたベリィステーンが、1995年まさに満を持してといった感じで吹き込んだもので、このファースト・アルバムが、いきなりその年のスウェーディッシュ・グラミー・アワードに輝いたというのも、彼の音楽がまさに円熟した質の高さと、見事に完成された美しさをもつものであるからにほかならない。
バリトン・サックス一本をもって、ベリィステーンのように成熟した美しい表現を聞かせてくれるプレイヤーは、今日のジャズ界を見わたしてみても、ほんとうに少なくなった。
ジェリー・マリガンやペッパー・アダムスら、モダン・ジャズの名手たちの亡きあと、この楽器の分野で活躍しつづけているのはイギリス人のジョン・サーマン、アメリカでひとり気を吐くハミュエット・ブリュイエットやスタジオ・ミュージシャンとしても大活躍のロニー・キューバーなどがいるが、彼らにつづく存在ということになると、すぐには名前が出てこないほど人材にとぼしいのが、バリトン・サックスの世界なのである。そんな中にあってグンナール・ベリィステーンのように、きわめてオーソドックスなスタイルながら、この楽器本来の魅力をいっぱいにふりまいてくれるプレイヤーがスポットを浴びるというのは、まことに頼もしい限りと言わなければならない。
グンナール・ベリィステーンは1945年にスウェーデンの西部にあるリドチェピングという町で生まれている。
ストックホルムのロイヤル・アカデミー音楽学校を卒業したあと、60年代からトランペッターだったロルフ・エリクソンやサックス奏者で優れたバンド・リーダーのベント・ローゼングレンなどのグループで演奏をおこなって、実力をのばしてきた。
ちなみにエリクソンは50年の暮にチャーリー・パーカーが北欧に行った際に共演し、レコーディングも残している名手である。70年代には国際的にも名前を知られているトロンボーンのエイエ・テリンやドラマーのオカイ・タミーツらのツアーにも参加。国内ではその実力を高く評価されていたのだったが、リーダー・アルバムをつくるチャンスはなかなか巡ってこなかった。しかしこの「ザ・グッド・ライフ」が制作されたのをきっかけに、彼のプレイに対する評価も大きく上がって、98年にはやはりワン・ホーンによる秀作「サムホエァ」もアリエッタ・ディスクからリリースしている。
グンナール・ベリィステーンは、過去のバリトン・サックスの名プレイヤーたちが築きあげてきた伝統のすべてを、良い意味で受け継いでいる。デューク・エリントン楽団で名を鳴らしたハーリー・カーネイの深遠な響き。
若くして世を去ったサージ・チャロフのバップ・スタイル、ジェリー・マリガンの軽妙なフィーリング。
しかしそれ以上に、スウェーデンにはこの国のジャズを世界に知らしめる大きな力となった名バリトン奏者、ラース・ガリンがいたことを忘れるわけにはゆかない。1954年アメリカのダウンビート誌国際批評家投票のバリトン・サックス部門で、ガリンはアメリカのプレイヤーをも含めたなかで"期待の新人"部門のポール・ウィナーに輝いている。
スタン・ゲッツやリー・コニッツなどからの影響を受けながらも、即興プレイヤーとして、まさに独自の語り口をもっていたのが、ラース・ガリンだった。
そんなスウェーディッシュ・ジャズの好ましい伝統が、グンナール・ベリィステーンのプレイにも確実に受け継がれている。
彼をサポートするメンバーも、いずれも好プレイを聞かせてくれるが、特にピアノのペーター・ノーダールが随所でデリケートなセンスを最高に発揮して、美しいタッチを聞かせているのが、とても印象的だ。
ここで演奏されているレパートリーは、お馴染みの美しいスタンダード・ナンバーが中心。
そんな中にあって不可思議な魅力をもつセロニアス・モンクの<アスク・ミー・ナウ>や、ハード・バップ期にはあまり注目されることがなかったものの、近年多くのプレイヤーたちが好んで演奏するようになったホレス・シルヴァーの<ピース>などのバラードが含まれているのが面白い。
さらに興味深いのは、ナチス占領下のパリで42年、シャルル・トレネによって書かれ、アメリカでは55年にヒットしたシャンソンの名作<アイ・ウィッシュ・ユア・ラブ>がとりあげられていること。
この曲は近年、テナー奏者のアーチー・シェップも演奏し、何とボーカルまで聞かせていたが、偶然とはいえふたりがこのシャンソンにアプローチをおこなったというのは、作品が今日にも充分にアッピールするだけの魅力をもつものだからなのだろう。
クインシー・ジョーンズのペンになる<ザ・ミッドナイト・サン・ネバー・セット>は、彼が50年代に北欧を訪れた際に、白夜の美しさに感動をおぼえて書いたナンバー。
ベリィステーンにとっては、ひときわなじみのあるバラードのひとつだろう。そしてアルバム・タイトルになっている<ザ・グッド・ライフ>。
やはりフランス人ギタリストのサッシャ・ディステルによって書かれ、アメリカでは63年にトニー・ベネットの歌でヒットした印象的なポピュラー・ナンバーで、アルバムは美しく締めくくられている。
岡崎 正通
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